ジャカルタで出会った、インドネシア独立のために戦った日本軍人の孫「イシマル君」【アノニマスポスト コラム】


↑写真はカリバタ英雄墓地に眠る日本軍人の墓をお参りする安倍首相

昨日の虎ノ門ニュースで百田尚樹と西村慎吾氏が終戦記念日とあって、インドネシアの独立のために戦った日本軍人たちの話をしていた。
このことで思い出した、俺が実際に体験した事を紹介したい。
随分前にも書いたが、サーバー移転に伴い、全て削除してしまったので、また思い出しながら記事にする。

俺は仕事の関係で一回だけインドネシアへ行ったことがある。

その時のことはこちらの記事で。
↓↓
「インドネシアの高速鉄道工事で再び中国に入札の要請」のニュースに思う インドネシアでのチャイナパワーは絶大 日本は太刀打ちできない?【アノニマスポスト コラム】

上記のインドネシアでのことだ。

ジャカルタ滞在中に仕事の用事で俺はある事務所へ行った。
場所は閑静な住宅地の中で、結構広い敷地と大きな事務所だった。
とにかく俺はインドネシア語が全くわからない。
前日の夜に、ナイトクラブのホステスに教えてもらった「アコチンタカム(愛してる)」が話せるだけだ(笑)。
その俺の為に相手先では日本語の上手な通訳を用意してくれていた。
紹介された通訳は、背は160cmもなかったと思う。
小柄で色黒、丸顔でくりんとした目をした愛嬌のある面立ちの25歳の青年だった。
この青年が話す日本語は、アクセントもなんら遜色のない、ほぼ完璧なものだった。

ただ一点の違和感を除いて・・・


 

あまりにも日本語が上手いので、俺は「日本へ行ったことあるのか?」と聞いた。
すると青年は「ありません」という。
では誰に日本語を教わったのかと聞くと「祖父であります!」と答えた。
俺は青年に名前を聞いた。
「イシマルであります!」
このほぼ完璧な日本語を話す青年の唯一の違和感とは、全ての質問に対して「〇〇〇〇であります!」と軍人口調で答えるのだ。
そう、ドリフや明石家さんまの軍隊コントよろしく、全て話し方が軍人の返答の仕方なのだ。

「君のお爺さんは日本語がはなせるんか?」
「はい。私の祖父は日本軍人であります!」

俺はこの時、はっとなった。

もちろんご存知の方は多いと思うが、ご存知ない方のために少し説明を。
日本は大東亜戦争でインドネシアにも進行した。
当時インドネシアという現在の国はなく、200年以上にも渡ってオランダの植民地だった。
戦争で日本軍はオランダを負かし、インドネシアからオランダを追い出した。
しかし1945年の敗戦で日本はインドネシアからの引き上げを余儀なくされた。
そうなればもう一度インドネシアを取り戻すべく、オランダが戻ってくるのは火を見るよりも明らか。
そこで日本の軍人たちの一部、約2000人は日本政府の帰還命令を無視してインドネシアに残った。
やがて戻って来るオランダと戦うために。
案の定戻ってきたオランダ軍との戦いは、日本軍人達と、付け焼刃で訓練を受けたインドネシア人兵士達が勝利し、オランダは又してもインドネシアから退散した。
この戦いで日本人兵士も多くが戦死した。
その戦死した日本軍人達のお墓は「カリバタ英雄墓地」に、文字通り英雄として埋葬されている。

しかし生き残った日本人兵士もいる。
もちろんその後日本に帰還した兵士もいたが、そのままインドネシアで余生を過ごした兵士もいた。
その中の一人がこの「イシマル君」の祖父なのだった。

俺は彼の喋り方が可笑しく、茶化したりしていたが、この青年の祖父がインドネシア独立の為に戦った日本軍人であったと知ってしんみりとなった。
「君のおじいさんは俺達日本人にとって英雄や」と俺が言うと、イシマル君は、こんなに嬉しそうな顔があるのかというほど満面に笑みを浮かべた。

彼の祖父である石丸氏は、この孫を大層可愛がり育てたのだろうと思う。
イシマル君の所作ひとつひとつを見ても、日本人のように育てたかったのだろうと容易に想像できた。
そして孫に徹底して日本語を教えた。
少し茶目っ気も入れて、軍人言葉で教えたのかもしれない。
おじいちゃんが質問し、それにすっくと背を伸ばし、軍人口調で答える孫の姿を思い浮かべると、なんとも微笑ましい光景が浮かぶ。


 

イシマル君に出会ったのは2004年。
今なら38歳になっているはずだ。
イシマル君はたぶん「石丸」なのだろうと思う。
これ以外で日本の苗字は俺は思いつかない。

昨日の虎ノ門ニュースでの話のように、今でもインドネシアでの戦争の話を聞くとイシマル君のことを思い出す。
今もイシマル君はインドネシアのジャカルタで、軍人口調の日本語を喋っているのだろうかと思うと思わず顔がほころんでしまうのだ。

※追記として、ご存知ない方の為に是非見てもらいたい動画です。
インドネシア人の老人たちが日本の軍歌を嬉々とし歌い、パレードする様子です。
これはインドネシア独立記念日のパレードで撮影されたものです。

 


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2 件のコメント

  • みんな大東亜戦争の歴史を学ぶべきだね。
    いままでの知識が根底からひっくり返って、椅子から転げ落ちるから。
    インドネシアに蒔かれた日本の種がこんな風に育っていることが何よりもそのことを証明している。

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